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技術系テクニカルアーティストのあれこれ

言語化の段階とエンジニアTAのトレンドについて。(前回の記事の補足)

 前回の記事を眺めていて、少し説明が足りてない気がしたので補足する。
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 前回の記事では「言語化」「可視化」の2点を挙げたのだけど、大半の組織では、前者の「言語化」についてはそれほど困っていない、あるいは言われずとも試行錯誤中、といったところだと思う。後者の「可視化」については、おそらくあまりできていないのだろうけど、それ以前に要不要の認識に違いがありそうだなと思う。

 また、TAの専門分野についても、場所に応じたトレンドがあるように思っている。

言語化の段階

 おそらくいくつかの段階がある。「1. 欲しい人物像を募集要項に記載できる」「2. "背中を見せる" ことができる」「3. 弟子に適切な役割を設定して育成のロードマップを示すことができる」あたりだろうか。

1. 欲しい人物像を募集要項に記載できる

 基本的には、TAを外部から募集している組織はみんなできている。そもそもこれができないと採用なんて不可能だし、欲しい人物像がまったく読み取れない募集要項なんてしばらく見ていない。

 この段階で見えるのはあくまで人物像だけで、細かい技術要件は大抵の場合読み取れない。募集要項を書く側からすると、そんなもの載せ出したらキリがない。それに応募さえもらえれば、職務経歴書や面接の時点で「相手が自分たちの欲しい人材かどうか?」のアタリはつく。そもそも採用ってそういうものだし……。もしカジュアル面談などで「やりたいこと」を聞くことができれば、更に都合が良い。

 自分が応募者だったときも、他職種の記載との比較やインタビュー記事などと併せて、なんとなく察することくらいはできた。仮に察せられなくても、カジュアル面談や一次面接で聞けばいいだけの話だ。

 なので、少なくとも現場は、この段階では困っていないだろうなと思う。エージェントさんたちは困るかもしれないけど……。

2. "背中を見せる" ことができる

 これについても、おそらく大半の組織では困っていない

 もっとも、これを「言語化」と呼ぶべきかどうかは怪しいところで、少なくとも自分はそう呼ばないことのほうが多い。ただ、言語の役割が情報伝達であることを考えると、場合によっては言語化と呼べなくもなさそうだと思って、項目として追加した。

 さて、これは「可視化」の一部を代替する効果がある。「あの人の下で働きたい」「あの人みたいになりたい」と感じさせることができれば、それは応募や配置転換に直結する可能性があるし、育成される側のモチベーションにもなる。あるいは、「こいつみたいな人間が必要なんだろう」と組織に感じさせることができれば、予算と工数を確保する手間は激減する。いいことばかりではあるけど、代替手段も存在する。あれば嬉しいけれど、なくてもあまり困らない。

3. 弟子に適切な役割を設定して育成のロードマップを示すことができる

 ここは、各社試行錯誤の最中ではないかと思う。上に挙げた 1 と 2 では後進の育成手法としては成り立たないが、これはまさに育成手法そのものだ。動きの速い会社は数年前から新卒TAを受け入れているので、そういった組織では、何か結論めいたものが既に出始めている可能性があるのだと思う。

 これの一番難しいところは、成功しているかどうかはとても分かりにくい*1ことだと思う。まず育成の成否というのは、実際に育成された弟子たちの活躍ぶりでしか測れない。そこに辿り着くまでに時間もかかる。しかも、師匠側と弟子側で成否の認識が異なる可能性がある。やりがいがどうのなんて野暮なことを言うつもりはないんだけど、とはいえ弟子側にきちんと認めてもらうことができないと、いつでも弟子は離れてしまう。それ自体の良し悪しは一旦脇に置く*2としても、少なくとも組織としてそれがメリットだとは言えないケースは多いと思う。*3

可視化の需要

 可視化についても、言語化と同じように段階を設定できる。ざっくり分けて「1. 内部向けの可視化」と「2. 外部向けの可視化」だ。ただ内部向けの可視化に関しては、上で書いたとおり一連の言語化でカバーできるので、ここでは外部向けについて書いてみる。*4

 ここでいう「外部」というのは、潜在的/顕在的応募者と、人材エージェントさんを指す。前者に関してはおそらく言語化の 1 でフォローできるので、主に後者について。

 まず大前提として、エージェントさんたちから明確な理解を得られなかった場合の困り具合は、組織のよってかなりの差がある。これには各組織ごとに色々な要因があるのだろうけど、少なくとも自分のところは、おそらく困り具合が大きい部類だ*5。だからこそ前回の記事を書いたし、「スキルレーダーチャート」やそれに類するものが、この界隈に流行ってくれたら嬉しいと思う。そのほうが彼/彼女らに向けて可視化しやすく、結果的に良いマッチングを期待できる可能性が高くなると思うからだ。

エンジニア職としてのTA

 前回にTAの専門性についての考え方をひとつ挙げた*6けれど、この考え方が通用しない場所がいくつかある。例えばAAA級のハイエンド制作をいくつも手掛ける企業の募集要項を見ていると、アーティストに対する要求スキルとして「Houdini」「Python」「シェーダー」「アート制作の効率化」といった記述が散見される。これらのテクニカルスキルが「アート制作のためのベーススキル*7」と見做されているのだろう。これを「アーティストの上級職としてのTA」を求めているのだと解釈するのは間違いで、「テクニカルスキルを持つ上級アーティスト*8」といった捉え方のほうが正しいのだと思う。そしてこの場合、TAはエンジニア職として位置付けることが多いようだ。

 最近のゲームタイトルを見ると、「ハイエンド」と「それ以外」に分断されているように見える*9ことがある。そして、この上級アーティストとエンジニアTAの位置付けは、「ハイエンド」側のトレンドなのだろうと思う。理由はおそらくシンプルで、"学際的な何か" に収まる程度のアート制作スキルしか持たない相手に、アート制作を担わせることができなくなった*10んだろう。一方でパイプラインの高度化も進んでいて、十分なエンジニアリングスキルがないと構築運用できなくなっている*11のだと思う。

 自分自身もう学生の頃から15年以上 "学際的と呼ばれうる場所" に居続けて思うこととして、「やっぱり専門家と張り合うのは難しいな」というのがある。これはもう仕方ないことで、前回に超人の例としてあげた「プログラマーとして10年、アーティストとして10年の就業経験を持つ人」は、「プログラマーとして20年の就業経験を持つ人」を相手にしたとき、プログラミングの領域では敵わないことのほうがずっと多い。黎明期のTAや「それ以外」の領域では、この「10年ずつ」というのがとても強い力を発揮するのだろうけど、煮詰まった領域でも同じ状況とは限らない。個人的にはこれが、「テクニカルスキルを持つ上級アーティスト」と「エンジニア職としてのTA」のトレンドにあらわれているのだろうと思う。

 ただそうはいっても、業界として「ハイエンド」と「それ以外」のどちらかに収束していく現象は、当面は起きないだろうと思っている。なので、それぞれの状況に応じた価値観がきっと必要なのだろうと思う。これの説明も兼ねて、あえてポジショントークと銘打った上で自分の立場を前回は書いたのだけど、やっぱり説明としては足りなかったよなぁ……。

 おわり。

*1:自分も少なくともパイプラインエンジニアであれば、自分で育成することができると思ってる。ただ、その成果をどの程度担保できるかについては、それほど自身があるわけではない。

*2:とはいえ自分の場合、もしメンバーが辞めてしまったら、「元部下の挑戦を応援する!」とか「業界に人材を輩出した!」とか、そんなことを言うくらいで精一杯だろうとは思う。そんな面白い挑戦なら自分にも一緒に見てみたいし、すごい人材を増やしてもっとすごいことをしたいに決まってる。

*3:人材の流動性自体を否定する気は一切ない。一方で、優秀なスタッフが辞めていくことを素直に喜ぶ組織ってのもなかなかないだろう。まさにポジショントークってやつだ。

*4:というか、言語化の 2 と 3 が内部向けの可視化に相当するので、それに続く 4 として外部向けの可視化を「言語化」の段階に含めてしまってもいいと思う。含めないほうが分かりやすいと思ったから分けたけど。

*5:ほんとはもっと色々言いたいことはあるんだけど、立場的にたぶんこのあたりが限界な気がする。

*6:学際的な分野の専門家である、ということ。

*7:たとえばDCCツールのオペレーションスキルや、各種制作ノウハウに類するもの。

*8:それか「Mayaの代わりにHoudiniをメインを使うアーティスト」みたいな、上級とかじゃなく単純に手段の違いみたいな捉え方もされてることもありそう。

*9:そして両者の行き来も間違いなく存在するが、徐々に少なくなってきているようにも見える。

*10:そもそも「アーティスト的要素」の必要性は、要求定義と要件定義の精度の高さに反比例する。つまりこの精度を担保できるなら、"学際的な何か" は不要。あるいはそれ以上に、アート制作の要求が高くなったのかもしれない。そもそも望むアートを達成できないのであれば、最適化以前の問題だ。

*11:実際にパイプラインエンジニアとして、自分もそれを感じている。